Schubertiade
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シューベルト
●アルペジオーネ・ソナタ イ短調
D 821
1824年に作曲されたシューベルトの代表作である。このタイトルにある「アルペジオーネ」は、ウィーンの弦楽器製作者、ヨハン・ゲオルグ・シュタウファーによって作られた6弦の楽器で、ボーゲンギター(弓のギター)、ギターレ・ヴィオロンチェロ、ギタール・ダムールとも呼ばれている。ギターの様なフレット、ギターと同じ調弦(ミラレソシミ)である。ガンバ、ギター、リュートの様な、和音を入れやすいという特色、そして弓を使う事でチェロの様な表現豊かな音色を持ち、フレットと号により、開放弦の音(指を押さえず弾く時の音色)の様な、清らかでピュアサウンドが特徴である。和音を柔らかくばらして、一音ずつ発音させる「アルペジオ奏法」を入れやすい楽器という特徴も併せ持っている。
この録音では5弦のフレットがあるピッコロチェロが使われ、通常の調弦(ドソレラミ)ではなくアルペジオーネに近い調弦(ミラレ
ラミ)にした事で、終楽章では低のミにより、フォルテピアノの伴奏をギターの様なピッチカート(弦を指ではじく奏法)を開放
弦を用いたピュアサウンドで演奏している。
フォルテピアノとアルペジオーネの対話、自由さ、ロマンティックで優しく、メランコリックで温かなメロディと、魅力的なアルペジオがフレージングの終わりに多用された即興的な演奏となっている。
I. Allegro moderato
II. Adagio
I. Allegretto
(エマニュエル・ジラール)
●楽曲の時 D780 Op.94
「楽興の時」は、シューベルトの人生の最後の6年間に書かれた小品集。まず1823年にAir Russe (ロシアの歌)のタイトルで第3曲が、1824年に第6曲がLes Plaintesd'un Troubadour (吟遊詩人の嘆き)の名で、出版された。全6曲揃って出版されたのは作曲家の死の年である。
第1曲。最も純粋なハ長調によって、田園風景と理想郷が描かれる。ヨーデル、カッコーや稲妻、中間部の遠雷の描写が印象的。当時の文学の影響も窺える作品。
第2曲。ゆったりと寄せては返す、呪文のように繰り返される音型はシューベルトの真骨頂。まどろみの中の嘆き、現実味のないセンシュアリティが最高にデリケートで柔らかな変イ長調で表現される。
第3曲。一転してオペラの中に挿入されたバレのような舞曲。ウィーン式のフォルテピアノ 特有のダンパーと弦の独特な摩擦音の程よい雑味が、当世風の異国情緒を表せていたら嬉しい。
第4曲。安らぎを求め、焦りと不安を抱えてさすらう16分音符は、たゆたう群舞に出会うが、絶望のうちに再び孤独に還る。
第5曲。やり場のない感情と行き場のない苛立ち。連作歌曲集冬の旅の第22曲勇気」をいつも思い出してしまう。
第6曲。これ以上夢見がちで傷つきやすいハーモニーの変化があるだろうか。フラットとシャープの瀬戸際を彷徨うような転調のマジックは、最高に天上的で、微笑みつつ奈落を受け入れる曲の閉じ方は、最高に孤独だ。
(平井千絵)
●ヴァイオリンとピアノのための幻想曲
八長調 D934 Op.159
「ファンタジー」、この題名から、楽譜から、人の中にある想像力をこれでもか、これでもか、と掻き立てる室内楽曲最高峰の作品である。
1827年からシューベルトの晩年(31歳)
の1828年にかけて作曲された。風、木々のさざ波、川、高見からの雄大な景色、心が震える男女、愛、鳥の鳴き声、ダンス、言い争い、出逢いの時、愛、過去、幸せな時、若い時、現実、夢、未来、人生、死、慈愛、笑い、不安、希望、葛藤、自、光、影、悪魔のささやき、天使、宗教、教会、、、、。この曲から想像されるものの、何と多い事か。代表作の<魔王)、(死と乙女)の様なゾクゾクする怖さもあれば、(アヴェ・マリア)のような浄化される美しいところもあり、様々な異なるキャラを一瞬で変えてみせる、シューベルトの魔法使いの様なテクに驚かされる。当時の大スターであり、あまりの人並み外れた演奏と雰囲気で悪魔と例えられた天才ヴァイオリニスト、パガニーニ。
そして初演を担当し、パガニーニが賞賛したヨーゼフ・スラヴィックがインスピレーションになっているのか、ピアノパート、ヴァイオリンパート共に、技術的にも最高峰の曲、難曲である。初演はスラヴィックとカール・マリア・フォン・ボックレットという二人の名手により、1028年2月7日にウィーンで行われたそうだが、ソナタと違って、楽章間に間もなく、ファンタジーという名前が付いた時の作品にしてはかなりの長さ(20分を越す)に、聴き手は大いに戸惑い、演奏が終わる前に立ち上がり、会場を後にする人が続出で大失敗だったそうである。曲の長さ、その上スラヴィックにしてさえ、技術的に難しかったため、演奏があまり良くなかったとも言われている。
その技術的な難しさは楽譜を見ただけでは気が付かず、今回の録音に際し弾き始めた私も、人生半分位の年齢に差し掛かるこの歳にして、今までで一番演奏することに苦労し、驚かされた作品であった。シューベルトのメガネの下の目がニヤリと笑っている様子が頭に浮ぶ。この作品の最後に現れる、未来への希望をもたらしてくれる様な力強い明るさに男気をもらい、後押ししてくれた夫・エマニュエル、マネージャーの岩永直也氏、ナミ・レコードの池田高史氏、フォルテピアノ調律師の太田垣 至氏、サポートしてくれた家族、友人達のおかげで録音する事が出来た。最後に共に創る作業を楽しんでくれた長年の友であり、尊敬する音楽家・平井千絵さんと、時シューベルトが聴いたであろう楽器、そのスタイルで演奏した事により、タイムトラベラーの様なワクワクする体験を共有出来た事に感謝。
演奏する度に、聴く度に新たなファンタジーが生まれるこの作品、この録音を通して皆様も楽しんで頂けたら幸いである。
(神谷未穗)
●アダージョ 変ホ長調(遺作)
D897 0p.148『ノットウルノ』
トリオ Op.99 D898の第2楽章になる予定だった作品。
シューベルトのトリオは二曲あるが、どちらも2楽章は特に優れた名曲で、Op.100
D929の「アンダンテ・コン・モート」はスタンリー・キューブリック監督の名超大作映画
「バリー・リンドン」の賭博シーン、エンディングにも印象的に使われている。
いずれの2楽章もフラット(b)の調で、口マンティックで、さまよいながら進む雰囲気がある。この「アダージョ」はディアベッリから出版された時に「Notturno」という詩的で夜想曲を表したタイトルが付けられた。
「アルペジオーネ・ソナタ」、「楽興の時」、「ファンタジー」、とシューベルトの最期に作曲された代表作の後に相応しく、<シューベルティアーデ)(芸術家、ファンがシューベルトの作品を聴くために催したサロンコンサート)の雰囲気を醸し出す「アダージョ」でこのCDを締めくくる。
(エマニュエル・ジラール)